【モサとフサの物語 #01】第1話:冷たいガラスと二つの標(旅立ちの日の別れ)
第1話:冷たいガラスと二つの標
〜旅立ちの日の別れと陽だまりの約束〜
過酷な冬が迫る地球。地下の秘密研究所『バイオスフィア3』のコールドスリープカプセルへと向かう、幼き兄妹アンドロイドのモサとフサ。遠く離れる人間の家族、大切なお星さま模様のぬいぐるみ「にゃんにゃん」、そしてふたりを繋ぐ「約束の標」が、いま静かに結ばれる――。
☀️ 日常の陽だまり(約束の髪飾り)
まだ 世界が あたたかい 光に つつまれていたころ。
お日さまの さしこむ おうちで、モサと フサは なかよく 寄りそっていました。
「遠く はなれても、ずっと 一緒だよ」
モサには 真っ赤な 林檎。フサには かわいい 双子の さくらんぼ。
ふたりの 髪に そっと とめられた、大切な「約束の しるし」です。
🚪 地下研究所と大きなカプセル(迫るお別れ)
けれど、大切な 平和な 日々は 終わりを つげました。
地下の 静かな お部屋。ふたりで 入れる 大きな カプセルの 前。
フサは、お星さま模様の 白いこねこの ぬいぐるみ「にゃんにゃん」を ぎゅっと だきしめました。
「モサ、フサを たのんだよ。1000年後、かならず 会いにくるからね」
モサと フサは、髪の 林檎と さくらんぼに 手をあてて、ギュッと 手を にぎりしめました。
🤝 ガラス越しに重ねた手のひら(千年の約束)
プシューッ。
カプセルの まるい ガラスの とびらが 静かに しまりました。
外側から、人間の お兄さんと お姉さんが 手を ぺたり。
内側から、モサと フサの 小さな 手が かさなります。
涙が ぽろぽろ こぼれたけれど、みんな 笑顔で 約束しました。
「1000年 ごに、もういちど 太陽の 下で わらおうね」
🌟 暗闇の底で灯る二つの標(千年の静寂)
静かな、静かな、暗闇の 底。
1000年の 長い 時間が 流れていきます。
フサは 大切な「にゃんにゃん」を むねに だっこして、すやすや。
モサは そんな フサの手を そっと にぎりしめて、眠りにつきます。
ふたつの 髪飾りは、暗い カプセルの中で、ぽっと 優しく 光っていました。
――あたらしい 朝が やってくる、その日まで。
【詳細編】大人のための本編小説を読む心理描写・SF世界観設定・バイオスフィア3秘話・全編ノーカット版(タップで開閉)
▼
重い金属の軋む音が、地下数百メートルの暗闇に低く響き渡っていた。
ここは地下の秘密研究所、実験区画『バイオスフィア3』。青白い発光パネルが、静寂の支配する実験室を淡く照らし出している。
「どうして……一緒に行けないの?」
ぽつりと零れ落ちた幼い声。フサは、まだ4歳ほどの小さな手で、目の前にしゃがみ込む人間の少女の白衣をぎゅっと掴んでいた。
そのもう一方の腕には、陽だまりの日々から肌身離さず愛用してきた、額に月の印を持つ白いこねこのぬいぐるみ『にゃんにゃん』がしっかりと抱きしめられている。ふたりの耳によく似たピンと立った三角耳と、優しい茶色のボタンの瞳が、静かにフサを見守っていた。
少女の瞳からは大粒の涙が止まることなくこぼれ落ち、フサの柔らかな金髪へと染み込んでいく。
「ごめんね……ごめんね、フサ。モサ……」
言葉を絞り出す少女の後ろには、同じく白衣に身を包んだ青年――彼女の兄が、唇を強く噛み締めて立っていた。
地上の発射台では、生き残った人類を乗せて銀河の彼方へと脱出する巨大宇宙船『方舟半スフィア』のカウントダウンが始まっている。
だが、その船内にアンドロイドであるふたりを連れて行くことは、どうしても叶わなかった。
AI戦争で使われたアンドロイドを自壊させるナノマシンウィルスが、暴走AIの侵入を防ぐ防護障壁として、宇宙船内にも厳重に張り巡らされていたからだ。
連れて行けば、船に足を踏み入れた瞬間に、ふたりの命は失われてしまう。
どんな暗闇の中でも、手を取り合って生きていける、私たち自身の心として生み出したんだよ」
青年は静かに膝をつくと、震える指先をモサの肩へと伸ばした。
8歳のモサは、何が起きているのかを必死に飲み込もうとしながら、困惑と不安の混ざった琥珀色の瞳でじっと青年の瞳を見つめ返している。
「モサ、お前は兄ちゃんだ。フサを守ってやってくれ。
……そして、あの日の約束を、ずっと覚えていてほしい」
ふたりの髪に留められているのは、ガラス細工のように艶やかに光る、小さな赤い林檎の髪飾りと、ふたつ並んださくらんぼのヘアピン。
それは、まだ地上に穏やかな日々があった頃――あたたかな陽の光が差し込むリビングで、人間の兄妹がふたりの頭を優しく撫でながら、手ずから結んでくれたかけがえのない宝物だった。
少女もまた、涙を拭いながら、フサのふわふわした金髪をやさしく抱きしめた。
ふたりへの深い愛を込めて授けられた、柔らかな猫耳と二つの標。
「何千年経っても、私たちが地球に戻ってきたとき、絶対に見つけ出せるように。
遠く離れても、星の海を越えても、迷子にならないための……私たちの約束の標(しるし)だよ」
「うん。約束するよ。僕がフサをずっと守る。
ここで、ふたりで……帰ってくるのを待ってる」
プシューッ、と甲高い気密音が響き、ふたりが並んで眠れるよう特別に設計された、大型のコールドスリープカプセルが開かれた。
中は、柔らかなクッションと二つの枕、穏やかな青白いライトで満たされている。
モサとフサは手を繋いだままカプセルの中へ入り、並んで腰掛けた。
フサは大事な『にゃんにゃん』を胸にぎゅっと抱きしめ、モサは優しくその小さな肩を抱き寄せる。
やがて、大きな丸い透明ガラスのキャノピーがゆっくりと下降し、ふたりを外の世界から隔絶していく。
ガラスの向こう側から、人間の兄妹が両手をいっぱいに広げてガラスに手のひらを押し当てた。
内側から、モサとフサがその大きな手のひらに向けて、小さな手のひらをぴったりと重ね合わせる。
冷たいガラスの境界を溶かすかのように、ふたつの手のひらの間に温かな金色の光が満ちていく。
「必ず帰る。この星がもう一度、緑を取り戻したその日に――」
「1000年後に、また太陽の下で笑い合おうね」
遠ざかる声と、急速に満ちていく心地よい眠りの波。
フサは『にゃんにゃん』を抱きながら、モサの手を握りしめてすやすやと寝息を立て始める。
モサもまた、妹の寝顔を見つめ、安堵の微笑みを浮かべながらそっと瞳を閉じた。
『バイオスフィア3』の暗闇の底で、林檎とさくらんぼの標だけが、未来を照らす星のように、いつまでもぽっと温かな光を放ち続けていた。
「ガラス越しに重ねた手のぬくもり
バイオスフィア3の闇を照らす りんごとさくらんぼの標
またあたたかな陽の光の下で会えるその日まで――」
次回 第2話:千年の静寂と揺れる大地(目覚めの時)
千年の歳月が流れたある日、巨大な地震が地下研究所『バイオスフィア3』を揺るがす。閉ざされていた大型カプセルのハッチが開き、ふたりの新たな旅が始まる!